六孫王神社

挙式神社
六孫王神社
多田神社(兵庫県川西市)、壺井八幡宮(大阪府羽曳野市)と共に「源氏三神社」の一つとされ、清和源氏の流れを汲む由緒正しき神社です。六孫王神社の境内にある池を神龍池といい、その側に満仲誕生のおり井戸上に琵琶湖の竹生島より弁財天を勧請し、安産を祈願し産湯に使ったと云う、誕生水弁財天社があります。その神龍池の中央に神様のお使いである鯉が泳ぎ、太鼓橋はいつしか「鯉(恋)の架け橋」と呼ばれるようになりました。この橋を良縁成就を願いながら渡ると、願いが叶うといわれ、今日ではパワースポットとしても注目されています。また、「尼寺の水」と呼ばれ、眼病に霊験があるという児水(ちごすい)も名水として有名です。

挙式費用
50,000
(非課税)

概要
清和源氏の祖、六孫王は清和天皇の六男を父として生まれ、経基と名づけられたが、皇室では六男の六と天皇の孫ということで六孫王と呼ばれておりました。十五才にて元服、源の姓を賜わり、先例に従い臣籍に加えられ、承平・天慶の乱に東国・西国の追討使を承り、その後、鎮守府将軍に任じられました。王は現在の社地に住居を構え、その後平安時代中期に祀られたのが六孫王神社の始まりとされております。昔は、六ノ宮権現とも呼ばれ、今昔物語に「六の宮」が。それを基に芥川龍之介が「六の宮の姫君」にも載せております。小泉八雲著の「怪談」には、「弁天の同情」と題して不思議な夫婦の出会いの話も紹介されております。

知っ得情報
六孫王神社例祭「宝 永 祭」

清和源氏後裔の 徳川家は縁故の社寺でもある当社の復興・修復を願い、中でも五代将軍綱吉は、大通寺の僧『南谷上人』の懇請に応じ諸建造物の造営に寄与しました。また大名に対する経済統制の意味からも、源家譜代大名に寄進を命じ 殊に境内彼方此方に各大名思い思いの形の石燈篭が見られます。現在の建物(京都市指定建造物)は宝永年間に完成しその折に盛大に祭を行ったゆえ 六孫王神社の例祭を『宝永祭』と称します。

ご不明な点はお気軽に無料相談!
東京ー京都婚 
ブライダルフェア随時開催中!
詳しくはこちら
挙式神社一覧へ
クリエイトウェディング お客様の声

ブライダルデスクのご案内

東京で叶う京都での結婚式
ハートツリーウェディング

ご相談ご予約はこちら